成年後見制度とは

成年後見制度とは、精神障害(認知症を含む)などによって判断能力が不十分な人(「本人」)が、①不利益な契約をして重要な財産を失うことのないよう、②日常生活を送るのに必要な医療又は介護サービスを受けられないでいることのないよう保護し、また、③自らの意思決定に基づく「尊厳のある生活」を送ることができるよう支援する法制度です(障害者基本法3条「・・・全ての障害者が、障害者でない者と等しく、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障される権利を有する・・・」)

具体的には、「(本人が)精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況(注;多くの時間において判断能力が失われた状況)にある」として、家族等が申し立てをすると、家庭裁判所が、後見の開始を審判し、同時に、後見人選任の審判を行って、家族や専門職の中から適切な成年後見人を選任します(民法7条、8条。なお、判断能力を「欠く常況」には至らないが、判断能力が「著しく不十分な者」には保佐人が選任され、「不十分な者」には補助人が選任されます(民法12条、16条))。そして、成年後見人は、本人がした不利益な契約を取り消すなど、本人の財産を管理し(①)、本人に必要な医療又は介護サービスを受ける契約を本人に代理して締結したり(②)する職務を負うことになります。

後見人が為すべきこと

上記のとおり、成年後見人は、判断能力を失った本人の財産を適切に管理し(①財産管理)、その日常生活や療養看護に必要な手配をする(②身上監護、なお「必要な手配」であって事実行為たる介護行為自体は後見人の職務ではありません。)職務を負いますが、その際、単に本人(成年被後見人)の財産を維持または保全するのではなく、本人の意思や自己決定権を尊重し(③)、これを実現し、本人の生活の質を向上させるためにその財産を活用する必要があります(民法858条「成年後見人は、成年被後見人の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たっては、成年被後見人の意思を尊重し、かつ、その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならない。」)。なぜならば、本人は、たまたま精神障害を有することによって自己の能力を一部発揮できないに過ぎず、このことによって、精神障害を有する者の生活と有しない者との生活の間に違いがあるべきでなく、精神障害を有する者が、その残存能力を活用し、できるだけ精神障害を有しない者と同様の生活をすることが保障されるべきであるからです(前記障害者基本法3条参照)

成年後見と家族信託

1 実家を、父母の心身の状況に応じて、管理し処分すること。

両親には、いつまでも住み慣れた家で暮らしてほしいと思いますが、判断能力が衰えて日常生活に著しい支障が生じたときは、やむなく老人ホームに入居することになる日がくるかもしれません。しかし、両親が快適に過ごせそうな老人ホームは利用料金が少し高額で、両親の年金収入では毎月少しずつ赤字が生じますので、その赤字を補ったり、毎月の利用料を減額させるための入居金を多い目に支払うために、両親名義の不動産(実家)を売却する必要があるかもしれません。

しかしながら、両親のいずれかが判断能力を失った後に法定後見人を選任する方法では、そもそも後見人が選任されるまでに時間がかかりますし、(任意後見契約をして予め任意後見人が決まっていても)実家の売却には裁判所の許可を要し、その際、実家での生活が本当に不可能か、老人ホームの選択や入居金の支払い方が相当か、実家の売却が本当に必要か、実家の売買代金額が相当か等の説明を尽くす必要があり、迅速性や確実性に難点があります。この難点を克服するためには、家族信託も検討してみると良いかもしれません(「家族信託とは」「何ができるか」1項ご参照)。

2 親亡き後の障がい者の生計を確保すること。

他方、家族信託だけでは実現困難なこともたくさんあります。

親亡き後の障がい者の生計を確保するために家族信託が利用されることがあり(「家族信託とは」「何ができるか」4項ご参照)、これによると、たとえば、親が所有していた収益不動産を障害のない長男に託し、この賃料収入を、障害のある次男の生活費や介護費に随時支給させること(①財産管理)が可能ですが、障がいのある子に適宜適切な福祉サービスを受けさせるなどの身上監護(②)に関する事務は、家族信託の枠外ですので、親が、心身の衰えによって障がい者のある次男の身上監護をすることができなくなった場合には、障害のない長男の負担を減らすべく、別途、社会福祉士などの専門職を成年後見人に選任し、適宜適切な福祉サービスを受ける手配をしてもらう必要があります。

以上、要するに、精神障害によって判断能力が不十分な家族に「尊厳のある生活」を送ってもらうためには、成年後見制度や家族信託の仕組みをよく理解し、適切に組み合わせて将来に備えることが必要です。

法定後見と任意後見

判断能力を失うと、子や配偶者や親族等の申立てにより、家庭裁判所から、強制的に後見人を就けられることがあります。これを「法定後見」と言います。申立ての際に立候補または推薦すれば、家族が後見人になることもありますが、その中に意見の対立などがあれば、裁判所は、弁護士・司法書士・社会福祉士等専門職の中から選びます。もちろん、「法定後見」による後見人は、判断能力を失った人の財産を適切に管理し、その人の日常生活や療養看護に必要な手配をするなど、専らその利益に適うように働きますので、誰が選ばれても不利益はないはずですが、知らない人に自分の人生を委ねる不安をも解消しておきたいのであれば、予め、後見人を自分で選ぶことのできる契約を結んでおくという選択肢があります。すなわち、将来、自分が判断能力を失うことがあれば、そのときに自分の後見人になってもらうことを予約する契約です。この予約契約によって、将来、自分の後見人になった人のことを、前記のように、法(裁判所)で定められる後見人を「法定後見人」と言うのに対し、自分で任意に(自由に)選ぶ後見人という意味で「任意後見人」と言います。

任意後見契約は、平成12年4月1日に施行された「任意後見契約に関する法律」によって創設されたものです。同法2条1号は、任意後見契約を「委任者が、受任者に対し、精神上の障害(注;認知症等)により事理を弁識する能力(注;判断能力)が不十分な状況における ①自己の生活②療養看護③財産の管理に関する事務の全部又は一部を委託し、その委託に係る事務について代理権を付与する委任契約であって…任意後見監督人が選任された時からその効力を生ずる旨の定めのあるものをいう」と定めています。

任意後見契約

「任意後見契約」とは、要するに、自分(委任者)が判断能力を失ったときに、自分の財産を適切に管理し、自分の日常生活や療養看護に必要な手配を代わってしてくれる人(受任者)を、予め決めておく(委任)契約ですが、必ず、公正証書で作成しなければなりません(任意後見契約に関する法律3条「任意後見契約は、法務省令で定める様式の公正証書によってしなければならない。」)

これは、公証人が、その契約の内容が、任意後見契約の内容として相応しいかどうかをチェックし、委任者及び受任者の双方が、契約の内容を正しく理解しているかどうかをチェックする必要があるからです。

そして、契約が為されたときは、東京法務局に、「任意後見契約の本人」として自分(委任者)の氏名・生年月日・住所・本籍が、「任意後見受任者」として受任者の氏名及び住所が登記され、受任予定の代理権の範囲が「代理権目録」として登記されますが、これは、その後、受任者が正式に「任意後見人」となり、自分(委任者)の財産を適切に管理しまた日常生活や療養看護に必要な手配をする際、その取引の相手方に受任者の代理権を証明するためです。

ただし、任意後見契約は、契約締結後直ちに効力が生じるものではなく、将来、自分(委任者)が判断能力を失ったとき、受任者等の申立てにより、家庭裁判所が、受任者(「任意後見受任者」)を監督する「任意後見監督人」を選任したときに生じるのです(任意後見契約に関する法律2条1号「…任意後見監督人が選任された時からその効力を生ずる…」)

したがって、任意後見契約を締結する際には、受任者が自分(委任者)を定期的に訪問し、自分の判断能力に衰えがないかどうかを確認してもらうための特約(身上監護面談の特約)を付加する場合が多いです。

法定後見と任意後見の優先関係

任意後見の登記があることを知らずに、または知っているが任意後見受任者が任意後見人になることを承服しがたいときに、法定後見の開始の申立てが為されることがありますが、この場合は、「本人の利益のため特に必要があると認めるとき」でなければ、法定後見の開始は認められません(任意後見契約に関する法律10条1項)。任意後見契約の内容は自分(委任者)で決めたものであり、その意思が最大限尊重されてしかるべきだからです。

ただし、任意後見契約は、委任者が受任者に対して代理権を与えるに過ぎないものですから、たとえば、委任者の判断能力が衰え、悪質な業者との間で、著しく不利益な契約を繰り返し締結するようになった場合は、取消権のない任意後見人ではなく、取消権を有する法定後見人を就けるべく、法定後見の開始の申立てをするべきかもしれません(このようなときは、「本人の利益のため特に必要があると認めるとき」に該当するとして、法定後見が選択される可能性があります。)。

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